テーマ5:読谷村にある基地概要
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1.新しい時代に向けて
終わらない戦後
読谷村のアメリカ軍基地一

読谷村民は平和の郷づくりをめざしアメリカ軍基地撤去にむけての闘いを進めてきました。村民の粘り強い闘いにも関わらず返還されていない基地が村の45%をしめています。かつてパラシュート降下訓練に伴う事故で村民を不安にさせていた読谷補助飛行場、航空機や船舶、その他軍事通信の傍受を行い通称「象の檻」とよばれるアンテナをもつ楚辺通信所、西大平洋諸国の通信の傍受を行っている瀬名波通信施設、在沖米陸軍の上級指令部があり、情報の収集分析を行い、第一特殊部隊(グリーンベレー)が配備されているトリイ通信施設、6市町村にまたがる広大な地域にあり、大平洋地域に展開するアメリカ軍が使用する通常弾薬の貯蔵・整備のための嘉手納弾薬庫地区の5つのアメリカ軍施設があります。ここでは各施設の概要を紹介しています。
2.嘉手納弾薬庫地区
解説文
この施設は読谷村・石川市・具志川市・恩納村・嘉手納町・沖縄市にまたがる広い範囲にあり、総面積は28081千平方m(うち読谷村は11449千平方m)です。地主は3305人、年間の賃貸料は89億800万円です。嘉手納飛行場に隣接する広大な森林地域に弾薬庫と支援施設があり太平洋地域に展開するアメリカ軍の使用する通常弾薬の貯蔵・整備を行っています。
最近は煙と音響を使用する防災訓練(グラウンド・バースト・シュミレーション)が盛んに実施され、事前に通告はあるものの、その爆音に対し、住民の不安や苦情が増えています。
施設内には事務所、弾薬庫、整備工場、隊舎、犬舎、家族住宅などの建物や貯油施設、モータープール、レクリェーション施設があり、211人の基地従業員が働いています。
管理部隊は第18航空団、使用部隊は第18航空団、陸軍第83武器大隊、その他となっています。
写真解説
3.瀬名波通信施設
解説文
この施設は読谷村の北西部の瀬名波、宇座、渡慶次にまたがる施設で面積は612千平方mです。地主は378人、年間賃貸料は2億9700万円になっています。施設内には通信所、事務所などの建物や通信アンテナ、燃料タンク、テニスコートなどの工作物があり、47人の基地従業員が働いています。管理部隊は第18航空団、使用部隊は海外放送情報サービスです。
この施設は西太平洋諸国の放送を傍受することに使われています。在沖米国領事館への時間外の緊急通報は、この施設の当直将校に行うことになっています。
施設内では地位協定に基づき、墓地327平方m、牛舎286平方m、電力施設用地22平方mが共同使用されています。
写真解説
4.トリイ通信施設
解説文
読谷村の南西に位置し、楚辺、渡具知、古堅、大湾、大木の土地にあります。面積は1979千平方mで、地主は867人、年間の賃貸料は11億1千万円になっています。施設内には部隊事務所、食堂、兵舎、機材倉庫、教育センター、売店、ランドリー、教会、映画館、消防署、郵便局、図書館、診療所、銀行、体育館、ボーリング場などの建物やアンテナ、野球場、プール、海水浴場(トリイビーチ)、テニスコートなどの工作物があります。
読谷村の南西に位置するこの施設は、西太平洋地域における戦略通信網の最重要施設で、社会主義国等の放送、通信、暗号等は全て傍受され、施設内の統合分析センターで整理分析されていたといわれています。
同施設では、昭和48年3月1日から6ヶ月の工期で、長さ約130メートルのコンピューター地下ケーブルが敷設され、アンテナ群も新しく取りかえられ、施設の増強工事が実施されました。さらに昭和51年7月頃にはタイの通信施設に配備されていた部隊が移駐し、同施設の機能が強化されたといわれています。このため同施設には、鉄塔型アンテナや棒状型アンテナ等が林立していて、部隊事務所、統合分析センター、兵舎、その他通信施設を運営するために必要な設備が完備されています。通信施設の管理地区は二重フェンスに囲まれ、立ち入りが、厳重にチェックされています。
昭和61年9月に陸軍第10地域支援軍司令部が牧港補給地区から移駐してきたことにより、在沖陸軍の上級司令部となりました。司令部は、在沖米陸軍全ての部隊に対し、管理、兵站、財務の支援を行っています。
昭和59年、同施設に第一特殊部隊(グリーンベレー)が昭和49年以来再配備されました。同部隊は、施設に隣接する読谷補助飛行場において、パラシュート降下訓練を実施しているほか、北部訓練場、キャンプ・シュワーブ、キャンプ・ハンセン等で訓練を実施している実践部隊です。また、同盟軍の支援、訓練の補助等のほか災害出動等幅広い活動を行っています。
陸軍宇宙軍が防衛衛星通信システムを担当することになったのに伴い、平成2年10月、第1140通信大隊の要員、物資の一部が同施設に移動し、合衆国陸軍宇宙軍(USASPACE)の移動通信衛星管制ターミナルトリイ通信施設分遺隊が形成されました。陸軍宇宙軍の機能は、合衆国宇宙軍を支援し、防衛衛星通信システムを統率・管制し、戦略防衛システム(SDS)及び対通信衛星用武器を企画・試験することなどで、トリイ通信分遺隊は、太平洋軍の戦術部隊支援用の戦術通信衛星ターミナルが適切に利用できるように24時間防衛用通信衛星を調整・運用・管制しています。
写真解説
5.楚辺通信所
解説文
読谷村の中央に位置する読谷補助飛行場の北西部に接し、波平、座喜味、上地の土地にまたがり、「キャンプハンザ」と呼ばれています。面積は535千平方m。地主は444人、年間の賃貸料は2億9700万円となっています。
施設内には部隊事務所、診療所、銀行などの建物や、アンテナ(ケージ型・T字型など)の工作物があり、32人の基地従業員が働いています。管理部隊は在沖米艦隊活動/海軍航空施設指令部で、使用部隊は海軍通信保安活動隊沖縄ハンザ部隊、その他です。航空機、船舶及びその他の軍事通信の傍受施設として使用されています。
通称「象のオリ」と呼ばれるこの施設には直径200m、高さ約28mの巨大な檻のようなケージ型のアンテナがあり、それに囲まれた建物を中心に100本余りの棒状のアンテナがとりまいています。アンテナの中心にある建物では移動中の航空機や船舶からの通信を傍受して、コンピューターを使って分析しているといわれています。アメリカ軍は施設の10分の1しか使っていないため、ほとんどが黙認耕作地になっていて民間の地域との区別は分かりにくくなっています。しかし、アンテナ施設の入り口はガードボックスがあり、立ち入り者は厳重にチェックされ、更に建物入り口でチェックされます。在沖米軍施設でも警戒厳重な施設として知られています。
写真解説
6.読谷補助飛行場
解説文
この施設は、読谷村のほぼ中央に位置しています。この飛行場は、当初、旧日本軍の北飛行場として建設されたものですが、アメリカ軍の占領後は本土侵攻基地として整備拡張されました。滑走路を除くほとんどの地域が黙認耕作地となっています。海兵隊管理の下に陸軍、海兵隊及び空軍によるパラシュート降下訓練が行われていました。
平成7年5月11日、読谷補助飛行場を返還するため、日米合同委員会は「特別作業班」の勧告を承認し、施設条件を含む3項目の条件付で返還が合意されました。但し、今回の勧告は、読谷補助飛行場の全部返還に関連する諸問題を解決するものであり、実施にあたっては、今後さらに合同委員会における手続きが必要とされています。
平成8年12月2日、日米安全保障協議会(SCC)はSACOの最終報告を承認しました。各案件を実現するための具体的な条件を取り扱う実施段階における両国間の主たる調整の場として、日米合同委員会を指定しました。














