テーマ3:伝統文化の継承と復元
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1.豊かな伝統文化と歴史を守って

文化の村づくりの始まりは村立の歴史・民俗資料館の建設でした。読谷村の海岸付近で縄文時代の遺跡が発掘され、古代から人の暮らしがつづいていることを展示内容は語っています。戦争で失ったものもたくさんありますが、丹念に資料を集めています。読谷村に伝えられていた読谷山花織の復元と継承、やちむんの里づくり、集落の伝統行事の復元など村と村民が一体となっています。文化センターなど建物をつくり人々が利用し豊かな暮らしにつなげています。
2.読谷村立歴史民俗資料館・美術館
解説文
資料館は復帰記念事業の一環として、国庫補助で座喜味城跡周辺を公園用地として購入し、1975年市町村としては「県内初の村立の資料館として開館しました。収蔵資料も4万点にのぼり、新館が増築され、読谷の歴史民俗をテーマに祖先が築いてきた郷土の姿を展示し、読谷の衣、読谷の遺跡、民家、亀甲墓と葬具、漁業、農業・その他の職業、戦争資料と終戦直後の生活資料、文献資料のコーナーに分かれて展示されています。また、併設して建てられた読谷村立美術館は1990年に開館、3階フロアーが展示場になっています。「読谷山花織」や「焼物」などの伝統工芸の展示をはじめ、文化村としての様々な活動の中核としてその役割を担うことを目指しています。
写真解説
3.読谷山花織
解説文
細やかな点と線の幾何学模様で可憐な花を織りだしている読谷山花織は、15世紀初めごろ、琉球の大交易時代に東南アジアから長浜(読谷村)に伝わったといわれています。特殊な織りの方法から、インドを含めた南方的な色彩が強く、南蛮貿易が盛んなころに伝来したと考えられています。「読谷山花織」は綾織の一種で浮織です。まさに、海のシルクロードを渡ってきたのです。白・赤・黄・緑等の糸で織り出されている紋織は花の様に美しく、情熱の織物として知られています。明治の半ばに技術が途絶えましたが、戦後年配者の記憶をたよりに織物の技術者たちで復興させました。現在は読谷山花織事業協同組合も設立され、通産大臣指定の伝統的工芸品となり、国の重要無形文化財に指定され、その保持者として與那嶺貞さんが「人間国宝」に認定されました。
写真解説
4.やちむんの里・琉球ガラス
解説文
読谷村には古窯「喜名焼」がありましたが、琉球王朝時代の王府の命令で各地の陶工が壷屋(現在の那覇市壷屋)に集められたため喜名焼は途絶えてしまいました。1972年金城次郎氏(85年人間国宝に認定)を招致し、78年に返還されたアメリカ軍不発弾処理場の跡地に「やちむんの里」をつくりました。「里」づくり構想に呼応した山田真萬氏ら4人の陶芸家を集め、沖縄の伝統的なやちむん(焼き物)のあり方を求めて共同の登り窯をつくり、若手の陶工も呼び、現在では40人以上の陶芸家によって里がつくられ製品も販売しています。現在は琉球ガラスの工房もあり、文化の里として広がってきています。94年には村立陶芸研修所が開設され、直接やちむんに触れることのできる環境づくりもすすめられています。
写真解説
5.文化センター
解説文
読谷村は「人間性豊かな環境・文化村」を目標として村づくりをしてきました。「恒久平和・自主自立・共生持続」という基本理念に基づき村民の協力と十分な理解、より身近で着実な村づくりの推進に向け親しみやすい次のような標語を設定しました。「ゆたさある風水 優る肝心 咲き誇る文化や 村の指針(ユタサアル フンシ マサル チムグクル サチフクルハナヤ ムラヌミアティ)」1999年には、村役場庁舎に隣接して文化の殿堂「文化センター」が完成し、芸能活動や様々な文化活動を展開しています。「文化センター」には、鳳ホール・村民ホール・中ホール・和室A・B・講座室・視聴覚室・調理実習室・工作実習室・図書資料室・ふれあい広場(屋外)などの施設があり、村内外の利用も増えています。
写真解説
6.各集落の伝統
解説文
読谷村の村づくりは、多様化する村民のニーズに対応するため、23行政区の区長との連絡会を開き、毎月広報「よみたん」を発行し、行政情報や地域の話題を提供しています。村民の暮らしの中から生まれた芸能は、出生祝・生年祝・エイサー・ハーリー・綱引き・獅子舞などの伝統行事として、各地で復活しました。特に波平の「長者の大主」・楚辺の「イリベーシ」・高志保の「馬舞」・長浜の「チクタルメー」「京太郎(チョンダラー)」・瀬名波の「しゅんどう」「ヘイチョウ」・儀間の「南風ぬ島」等です。他に棒術・獅子舞・組踊などが復活しました。毎年11月に行われる「よみたんまつり」は地域文化の創造・発展に寄与する村民総参加の祭りで、創作「進貢船」が行なわれ復活した伝統芸能に加え、新たに創造された文化も披露されます。そこに暮らす人々の心意気、たくましさが一挙に沸き立ち燃え上がる祭りです。
琉球三弦(サンシン)音楽の始祖といわれる「赤犬子」、大交易時代の先駆者「泰期」の夢とロマンが時を越えて甦り、伝統文化が咲き揃う「よみたんまつり」は、伝承された力と今を生きる意義、未来への発信へと村民が一つになれるすばらしい行事です。
写真解説
7.読谷村の新たなる発展
解説文
那覇からさほど遠くなく、広大な東シナ海を望み、海に沈む太陽の輝きに海面はきらめき、青々とした海原に白い波の立ち上がる景色は、村のどこからでも眺められます。そうした環境と文化村としての発展をめざす読谷村の指針に共鳴し、各地から文化人が移り住んできています。近年では泡ガラスを作品化している稲嶺盛吉氏が移り住み琉球ガラスの村がやちむんの里に隣接してできつつあります。また、琉球王府時代からの染物である「紅型」工房もつくられ人間国宝の玉那覇有公氏が移り住みました。

















