テーマ2:荒廃した村が蘇る(「基地の村」から「文化の村」へ)
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1.力を合わせて緑豊かな村へ

東シナ海を見渡せる座喜味城跡は村の高台に位置し、読谷村の歴史を見守りつづけてきました。戦後、アメリカ軍のレーダー基地として接収されていましたが、本土復帰後に全面返還されました。城郭は雑草が繁茂し、石垣は戦争で崩され荒廃していました。環境整備事業計画に基づき、城跡指定地内用地の公有化、城壁周辺の伐採作業、遊歩道整備工事などが進められさまざまな施設がつくられました。また、基地が返還された地域には、戦争で失われた緑を復元し、公園をつくり、モニュメントをたて平和と文化の村へとかわってきています。
2.文化財の復元にともなって(座喜味城跡でのソフト事業)
解説文
1972年5月15日沖縄の本土復帰にともない、座喜味城跡は国の史跡として指定されました。しかし、アメリカ軍の基地として継続使用されたため城壁の各所が破損したままで、城郭の内外は雑草が繁茂し荒廃したまま放置されていました。73年10月に文化庁は国庫補助による史跡環境整備事業を実施し、アメリカ軍基地は全面返還され、座喜味城跡総合公園化の事業が実施されました。・ぐすく劇場(城跡の活用)城跡と連携した周辺機能の拡充を進め自然を生かした公園づくりに取り組んでいます。城跡公園の利用の一つに、毎年行なわれる「ぐすくフェスティバルin座喜味」があります。読谷山村あそび・棒交流会・組踊・演劇・オペラ・コンサート等が星空のもとで繰り広げられます。又、城跡の内側で彫刻展・やちむん展等も行われました。伝統工芸の保存継承だけでなく、文化創造の場「芸術の森」として村民と結びつき定着し、参加した人々が新たな息吹を感じることができます。
写真解説
3.緑の復元(残波岬における琉球松群)
解説文
東シナ海に突き出た残波岬は北からの塩害が強いところで、戦前は広大な松林があり、防潮林や薪場として宇座の区民に共同使用されていました。沖縄戦やアメリカ軍の基地構築により荒廃していましたが、復帰後軍用地が返還され広大な残波岬公園が整備されるとともに大規模な土地改良事業が実施されました。今後の残波後背地域の利活用のために防潮林が必要であり、残波松林を復活させるため、村民の参加と協力のもと防潮林を造成し、環境の保護と整備を開始しました。
東シナ海の強風に立ちふさがるように松林はつくられましたが、現在少しずつ緑の防波堤は大きくなってきています。
写真解説
4.平和モニュメント群−1
解説文
○「日本国憲法条文モニュメント」(憲法九条の碑)
戦後の異民族支配の下で人権が抑圧され、貧しい暮らしを余儀なくされた時代、当時の若者たちの中には「主権在民・基本的人権・戦争放棄」を明記した日本国憲法の下で暮らせる日を願い、鉛筆で書き写し、平和な社会で生きる道を望んだといわれます。全ての生命がのびやかに、豊かに、完全燃焼して、つぎの世代につなげる社会こそ私たちの願いです。そうした社会の実現を信じ、世界中が憲法九条の精神で満ちることを信じて、読谷村役場の正面玄関の前に、この碑は建てられています。輝け!平和憲法。いけ!世界へ。平和な未来に向けて!
○「米軍上陸の碑」
1945年4月1日、アメリカ軍は読谷村の西海岸から沖縄本島に上陸しました。沖縄戦は鉄の暴風といわれるほど多くの砲弾が激しく飛び交いました。一木一草までも焼き尽くされ、緑豊かな故郷は焼け野原と化し、住民を巻き込んだ悲惨な地上戦は戦後も長く人々を苦しめました。かつて経験したことのないこの戦は島の文化と人々の平和な暮らしと多くの尊い人命を奪いました。この美しい海岸が二度と如何なる軍隊の上陸の地にもならないことを読谷村民は祈念しています。読谷村では、太平洋戦争・沖縄戦終結五十周年を期し、アメリカ軍の上陸地点である渡具知の泊城公園内にこの碑を建立しました。
写真解説
5.平和モニュメント群−2
解説文
○「不戦宣言碑」
読谷村は、第二次世界大戦でアメリカ軍の沖縄本島上陸の地点となり一面焦土と化し、村民は3千7百名余の尊い命を失いました。現在でも村土の47%をアメリカ軍基地が占めています。今なお残る遺族の方々の心の痛みと、生き残った人々の教訓として、二度と戦争を起こさない、起こさせないとの決意を表明し、3万3千余の村民の意志として不戦の誓いを宣言したものです。
○「非核宣言の村」の碑
わが国は、第二次世界大戦において世界で唯一原爆の被害を被った国として「核」の恐ろしさを身をもって経験させられました。その国の国民として、世界から「核」廃絶をさせる願いには切なるものがあります。核兵器の破壊力や子孫にまで影響を残すともいわれるこの爆弾を、再び使用させないため平和を願う世界の諸国民と共に核廃絶への決意を固め、声高らかに非核宣言をしました。











