テーマ4:文化による外交

1.憲法の理念を高く揚げて

住民とともに闘いをつづけてきた読谷村の理念は “平和憲法の理念を実現する” “悲惨 な沖縄戦の体験を忘れない” “地方自治体の自主性に基づき21世紀の歴史の批判に耐えうる文化村づくりのために具体的に実践していく”ことなのです。ねばり強く日米両政府と交渉し、お互いの歴史や文化、風土を知り相互理解を深め対等な立場で解決の糸口を見つけていくことです。読谷村民の心の支えになってきたのが、日本国憲法の平和主義・基本的人権の尊重・主権在民・地方自治体の本旨の4つの柱です。強大な権力をもつアメリカ軍や日本政府と交渉する小さな自治体・読谷村は理念に基づき村民と村政がひとつになって安全で住みよいづくりを実現させる努力を続けています。

2.平和憲法の理念を最大限に活かします

解説文

読谷村は常に村民の生命財産を守る立場で戦争に関係する基地に対して返還運動を展開してきました。「21世紀の歴史の批判に耐えうる村をつくるために」との思いで闘ってきたのです。

闘いにおいては、常に民主主義の精神で対話を重んじ交渉を進めてきました。その交渉の席において、日米両政府や米軍等の権力を持った大きな相手に対して、一国の小さな自治体が交渉に挑み、相手を説得し理解させるのは、高いハードルがあります。交渉では、理論的根拠を構築し、理路整然と説明をすることが大切ですが、その交渉に最も大きな力となり、精神的支柱になったのが日本国憲法でした。

読谷村は、基地問題などを初めとした様々な行政施策を展開する場合に、憲法の「平和主義」「基本的人権の尊重」「主権在民」「地方自治の本旨」の4本柱を基本理念に据えて、我々の生活環境を安全で住みよい地域にするため、憲法を最大限に活用し、自治体の願いや要求を実現させるよう努めています。

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3.民間外交(主権在民OR主役は村民であり)

解説文

米軍は、日本政府と交わした安保条約や地位協定をたてに、新たな基地建設や軍事訓練を強行しようとします。地主や村民の立場からすれば、自分達が提供した土地ではないのです。基地の全面返還を目指した読谷の闘いは、日米両政府や地域の米軍ともねばり強く行われました。しかし、道理を尽くして訴えても、日本政府や米軍が耳を貸さないのであれば、アメリカの責任者に訴えようと1977年にジミー・カーター元大統領、1996年にはビル・クリントン前大統領に直訴状を送ったのです。日本国の小さな国の一村長が、直接アメリカの大統領に直訴するというのは前代未聞のことでした。しかし、村民の立場に立てば黙ったまま何もしないではいられないのです。さらに、村の代表団が4回も渡米し、直接アメリカの国会議員や政府高官に対し、基地を抱える地元の生の声を訴えてきました。それは、机上の論理を駆使した受け入れがたい政府判断に対しては、地元としては主権在民の精神で毅然として対応してきたのです。自治体の持つ理想や主張を実践することが地方自治の本旨であり、民主主義をつくることなのだと読谷村は考えているからなのです。

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4.文化外交(対等な立場での外交)

解説文

読谷村は、その国や地域に脈々と受け継がれている歴史・文化や伝統工芸・芸能等の相互理解を通して外交を進めてきました。これを「文化外交」と呼んでいます。 基地問題などで本村を訪れる日米政府高官を、やちむんの里、歴史民俗資料館、村立美術館などに案内します。なぜ村長室や会議室などで迎えることはせず、村内の文化遺跡、文化施設などで会うのは、まず当地の普遍的な文化を知ってもらうことが狙いです。基地問題に直面している地域がすばらしい文化を持ち合わせた魅力ある地域であることを理解してもらうことができます。基地問題の議題に入る前に相互の歴史や文化、風土を知り、相互理解の上に立って話し合うことが重要だと考えるからです。そのことは、基地問題などを政府高官と交渉をする上でお互いを対等な立場に置き、地元の意向を最大限に理解してもらうことにも結びつくのです。お互いを認めあい痛みを理解しあう中から、諸問題解決の糸口を見つけてきたのが読谷村の外交姿勢の一つである「文化外交」なのです。

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更新日:2025年12月22日